■ 七島藺はどうして畳表に適しているのか?

前回報告したが、大分県立美術館で植物をめぐる7つのお話という連続講演で、「電子顕微鏡で視る植物の世界」というテーマで講演をさせていただいた。
大分県立美術館での講演に際し、検鏡のため提供されてきた植物の中に七島藺があった。 これはその前に講演された七島藺工芸作家の岩切千佳さん(注1)から本シリーズを企画された教育普及グループの榎本 寿紀さん (注2)に提供されたものだった。 七島藺は大分の名産で、この茎を編んで畳表が作られていることを初めて知った。 そこで七島藺がどうして畳表として適しているのかが知りたくて、電子顕微鏡観察をすることにした。 七島藺の茎は断面の一辺が4mmくらいの三角形をしていて、背丈ほどの長さがあり、先端にススキのような細かい花を咲かせる植物である(図1)。 図2に七島藺の茎の拡大像を、図3にその横断面像を示す。提供された七島藺が少し乾燥していたので、横断面像は三角形から縮んで変形している。

図1 七島藺草 図2 茎の拡大 図3 茎の横断面
図1 七島藺草 図2 茎の拡大 図3 茎の横断面


図3の横断面試料をSEM観察したのが図4~6である。

図4 横断面SEM像 図5 図4の拡大像 図6 図5の拡大像
図4 横断面SEM像 図5 図4の拡大像 図6 図5の拡大像


茎は周りに薄い層があり、中身はスポンジ状の組織である事が分かる。 このスポンジ構造は、畳表の弾力性、断熱性、保温性に寄与すると考えられる。



次に茎の表面を観察した結果を図7,8に示す。

図7 表面のSEM 図8 図7の拡大像
図7 表面のSEM 図8 図7の拡大像


ここで周期的に認められる約15μm長さの割れ目構造は、気孔であると考えられる。


七島藺の茎の断面形状はほぼ三角形である。内部構造を見るため、その一つの頂点部を剥ぎ取った。その光学顕微鏡像を図9,10に示す。

図9 頂点部を剥ぎ取った面の像 図10 図9の拡大像
図9 頂点部を剥ぎ取った面の像 図10 図9の拡大像


緑色の表面層の厚さは約50μmでその内部には図6で見たような白いスポンジ状の組織がある。
緑色の表面層の断面構造を観察したSEM像を図11-13に示す。

図11 縦断面像 図12 図11の拡大像
図11 縦断面像 図12 図11の拡大像


図13 図12の拡大像 図14 縦断面構造の説明
図13 図12の拡大像 図14 縦断面構造の説明


図10で観察した緑色の表面層は、厚さ約50μmの比較的硬い組織(表面硬質層)でできている。 表面には約10μmの表皮層があり、長さ約20μmの長方形のタイル状の細胞が並んだ構造である。 タイル状構造は、形が整った細胞と少し崩れた細胞が交互に配列されている。形が整った構造は、表面像と比較すると、気孔細胞の断面だと考えられる。 剥がした時、割れ目がある気孔の口部分で裂けたと考えられる。詳細に観察すると、図13で、厚さ約10μmの表皮層の最表面全体に厚さ約1μmの層があることが分かる。 この層はおそらくクチクラ層で、撥水性があり、外敵からの侵入を防ぐ働きがある。 表皮層の下部には、隙間のある多孔質層がある。またその下には、敷石状の層が認められる。 それを整理すると図14のようになる。表面硬質層の下には、図3、10の白い部分に対応するスポンジ層がある


他の視野であるが、多孔質層を拡大したのが、図15,16である。

図15 多孔質部 図16 多孔質部拡大
図15 多孔質部 図16 多孔質部拡大


図15,16から分かることは、細胞膜に囲まれた硬そうな粒子が連なっていることである。 これらの粒子の組成は分析していないが、形状からガラス質に近い比較的硬い構造であると考えられる。 この多孔質の粒子は表面積も大きく、吸着作用があるのではないかと考えられる。 水の浄化などでは、細かい粒子からなるフィルター層を通して浄化しているが、七島藺の場合も、気孔の隙間から入った空気が、この多孔質層で調湿、浄化されるのでないかと考える。


次にタイル状に並んだ表皮細胞の連結状態を調べた。その結果を図17~20に示す。

図17 気孔細胞の無い視野 図18 図17の拡大
図17 気孔細胞の無い視野 図18 図17の拡大


図19 図18の拡大 図20 図19の拡大、細胞接合部
図19 図18の拡大 図20 図19の拡大、細胞接合部


図19,20で観察できるように、表面細胞はクチクラ層で包まれ、隣の細胞同士はしっかりと繋がっている事が分かる。 七島藺は長さ方向にも強いと言われているが、この表面細胞の強硬な繋がりが、それを説明していると考えた。

次に表皮細胞で気孔細胞とそれ以外の細胞の詳細を調べた。その結果を図21~24に示す。

図21 図22 図21の拡大、気孔細胞部
図21 図22 図21の拡大、気孔細胞部


図23 図21の拡大、積層組織 図20 図19の拡大、細胞接合部
図23 図21の拡大、積層組織 図24 図23の拡大


図22の気孔細胞は滑らかな面でできている。図23,24の細胞では、細胞内が多層膜で囲まれていることが分かった。 多層膜の周期は約0.15μmである。このような多層膜からなる内壁構造は圧縮や引っ張りなどにも強い事が分かる。 畳の強さはこの構造からも説明できる。

次に、熱に対する強度についても調べてみた。
まず図9で示す試料をアルミの試料台に着け、そのアルミ試料台を熱湯に浸した。試料は 80~90度まで加熱されたと思う。その結果を図25~27に示す。

図25  熱湯に近づけた場合 図26 図25の拡大
図25  熱湯に近づけた場合 図26 図25の拡大


図27 図26の拡大 図28 ガス炎で焼く
図27 図26の拡大 図28 ガス炎で焼く


熱を加えない試料の形状(図11-13、15-16)と比べると、図25~28では熱により少し溶けて隙間が埋められている。また図27ではかなり細かい粒子が認められる。
さらに高温にさらすため、着火用のガス炎を短時間近づけて焼いた試料を観察した。図28はそのデジタルカメラ像である。
ガス炎を近づけると裂いた部分は広がり黒く変質した。

図29 黒化部のSEM像 図30 図29の拡大
図29 黒化部のSEM像 図30 図29の拡大


図31 図30の拡大 図32 図31の拡大
図31 図30の拡大 図32 図31の拡大


温度は瞬間的に200~300度くらいになったと考えられるが、その影響は、燃焼するのではなく、とろけて玉になっている部分もあった。 おそらく、多孔質部にあるガラス質と考えた粒子が溶けたのではないか。 ところが、最表面のクチクラ層は溶けないで残っているのが特徴的である。七島藺の表面は熱にも強いことがわかった

今回の観察で、七島藺は、内部のスポンジ構造は、畳表の弾力性、断熱性、保温性に寄与し、多孔質部の粒子群は吸着効果から気孔から入った空気を調湿、浄化すると考えられる。 表面の表皮細胞は細胞どうしが強く繋がっていて破れを防いでいる。 さらに最表面の約1μm厚さのクチクラ層は耐熱性に優れている。 このような考察から七島藺が畳表に適していることが分かった。 なお私は植物学についてはあまり知識が無いし、これらに関する文献も見つからなかったので、自分なりに解釈したので誤りがあるかもしれない。 専門家のコメントが聞ければ嬉しい。

(注1) 岩切千佳: 七島藺工芸作家 七島藺工芸ななつむぎ
https://www.facebook.com/七島藺工房-ななつむぎ-880138598721775/
(注2) 榎本寿紀: 大分県立美術館 学芸企画課 教育普及グループ 主幹学芸員
https://www.facebook.com/OPAMeducation

                    ―完―





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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