■ 塩の結晶成長(自然蒸発)

このところ、観察の対象が昆虫や植物が多かった。今回は身近な無機物を観察することにした。しばしば小学生の理科の実験で、水溶液から食塩の結晶を作るテーマが取り上げられる。今回は、食塩水から析出させた塩の結晶の形状を詳細に調べることにした。



・食塩の結晶

用いた食塩は我が家で使っている粗塩で、その袋の説明書によると、海水を干して作られた天日塩に、にがり(塩化マグネシュウム)を添加して精製されたものである。栄養成分表示欄には、100gあたり、ナトリュウム:36g、マグネシュウム:550mg、カルシュウム:10〜70mg、カリュウム:20〜80mgと記されている。
その塩を、接着テープを張った試料台にまぶして観察した。

塩の光学顕微鏡像 塩の光学顕微鏡拡大像
図1 塩の光学顕微鏡像 図2 塩の光学顕微鏡拡大像


図1は用いた塩の光学顕微鏡像であり、図2はその拡大像である。多くの塩の粒は、一辺が0.1〜0.4mmのサイコロ状であり、冷蔵庫で作った氷のように、透明な部分と白く光る部分がある。
金コーティングをして、走査電子顕微鏡(SEM)で拡大して観察した代表的な像を次に示す。

塩粒子のSEM像 図3の拡大像
図3 塩粒子のSEM像 図4 図3の拡大像


図4の強拡大像A 図4の強拡大像B
図5 図4の強拡大像A 図6 図4の強拡大像B


ほとんどの粒はサイコロ状の形をし、稜や頂点は丸くなっている。これは水分によって、表面が多少溶けているためと考えられる。しかし、中には図6に示すように、稜や頂点がかなり鋭い粒も認められた。



・塩水を蒸発して析出させた塩結晶

大きい塩の結晶を作る方法として、種結晶を水溶液に入れて成長させる方法がある。今回は電子顕微鏡観察用として、食塩の水溶液の水を自然蒸発させて塩の結晶を析出させて作った。
析出した試料をそのまま観察できるように、試料台に厚さ0.2mmの光沢のあるロールアルミ板を張り付け、その上に噴霧器で食塩水を噴霧して細かい水滴を付けた。その光学顕微鏡写真の一例を図7に示す。水滴の大きさは、噴霧の回数を増して大きくする事ができた。

アルミ板の上に噴霧した水滴 析出した塩結晶の光学顕微鏡像
図7 アルミ板の上に噴霧した水滴 図8 析出した塩結晶の光学顕微鏡像


図7のように食塩水をアルミ板上に噴霧して、室内で一日くらい自然乾燥させた。図8は観察した試料の光学顕微鏡像で、上下の地に見える直径2〜3mmの円状の白い像は、始めに水滴があった跡と考えられる。ちょうど雨が降った後、窓ガラスに残る水滴の跡に似ている。それは細かい結晶ができたために白く見えるのであろう。結晶の成長は、溶液の濃さ、基盤の性質、雰囲気の温度や湿度にかなり依存すると考えられる。この場合、大きな水滴部では、一辺が0.2〜0.5mmの四角い結晶が多数析出していた。結晶は、元の食塩の大きさ(図3)とほぼ同じ大きさである。また周囲の小さな水滴の跡には、小さな結晶ができているようである。

図8下部の水滴部の光学顕微鏡像 図9と同一視野のSEM像
図9 図8下部の水滴部の光学顕微鏡像 図10 図9と同一視野のSEM像


図9は図8の下部の水滴が蒸発した視野の拡大光学顕微鏡像である。図10は図9と同一視野のSEM像である。いずれの像でも、水滴の跡が鮮明に見える。また結晶は水滴の周辺に成長する事が分かった。

次に、図8の視野内のいろいろな析出結晶を観察し、その大きさと形状の分布を調べた。
代表的な結晶像(A〜J)を大きさの順に示す。

結晶A(一辺:約620μm) 結晶B(一辺:約480μm)
図11 結晶A(一辺:約620μm) 図12 結晶B(一辺:約480μm)


結晶C(一辺:約370μm) 結晶D(一辺:約250μm)
図13 結晶C(一辺:約370μm) 図14 結晶D(一辺:約250μm)


結晶E(一辺:約160μm) 結晶F(一辺:約45μm)
図15 結晶E(一辺:約160μm) 図16 結晶F(一辺:約45μm)


結晶G(一辺:約30μm) 結晶H(一辺:約22μm)
図17 結晶G(一辺:約30μm) 図18 結晶H(一辺:約22μm)


結晶I(一辺:約19μm) 結晶J(一辺:6μm)
図19 結晶I(一辺:約19μm) 図20 結晶J(一辺:6μm)


成長した結晶の形は、一辺が30μmくらいまでの結晶では、ほぼ正方形である。また一辺が160μmまでの結晶の表面には、大観客席がある競技場を思わせる逆四角錘の窪みがあるのが特徴的である。この窪みは、水溶液表面から塩の結晶が成長を始め、その重さで沈みながらさらに成長を重ねた結果できると一般に説明されている(トレーミー晶)。結晶F、Gでは一段だけでそのような成長が始まっている。これは溶液が無くなり成長が途中で止まったと考えられる。それより小さい結晶の形は、四角を数個組み合わせたような形になっている。始めに数μm以下の正方形の結晶ができ、それらがまず平面的に集まって成長するのであろうか。結晶が正方形に成長することは、塩の基本結晶構造が立方晶であることからも想像できる。



次に、水滴の跡に白く残る地を拡大して見た。
図8の上部水滴跡の右部の視野を拡大した像を図21に示す。白く見えた部分には、樹枝状模様がある事が分かった。それをさらに拡大して観察した。

樹枝状模様 樹枝状模様拡大
図21 樹枝状模様 図22 樹枝状模様拡大


図22左下部拡大 図23の拡大
図23 図22左下部拡大 図24 図23の拡大


図24に示すように、一辺が0.5〜2μmの小さな四角い結晶が、飛び石のように連なっている事が分かった。この樹枝状の塩の微結晶は、冬の寒い時、湿った空気が冷たい窓ガラスに付着してできる窓霜と良く似ている。これと同じような現象であろうか。



・正方形結晶の三次元形状

逆四角錘形状の結晶表面には、成長に伴って生じた縞がある事が分かった。結晶表面の傾斜面と縞の様子を詳細に調べ、表面形状をより正確に把握する事を試みた。
まず、縞模様や稜がより鮮明な結晶を選び、拡大しながら観察した。

析出結晶の光顕像 図25上部拡大像 図26右上結晶拡大
図25 析出結晶の光顕像 図26 図25上部拡大像 図27 図26右上結晶拡大


図25は噴霧法で作成した別の試料の光学顕微鏡像である。画面全体が大きな水滴であったが、一辺が0.5mm以下の正方形の結晶が多く析出した。その中の右上の結晶(図26,27)に注目し、拡大しながら撮影した。その結果を次に示す。

図27結晶のSEM像 図28の拡大像
図28 図27結晶のSEM像 図29 図28の拡大像


図29の拡大像 図30の拡大像
図30 図29の拡大像 図31 図30の拡大像


図31左上部拡大 図32左上部拡大
図32 図31左上部拡大 図33 図32左上部拡大


観察の結果、表面全体に見える縞模様は、周期的な階段のような構造があることが分かった。しかも階段の形状はほとんどが正方形である。図32中央部の、一辺が約15μmの正方形が最初の結晶であり、それが沈みながらどんどん周囲が成長してこのような階段状の窪みが形成されたと考えられる。しかし、図30で分かるように、途中から、成長中心がシフトしている。このような凹凸は、他の結晶でも認められた。また途中から斜面の傾斜が変わる結晶が多かった。これらの傾向は図11〜15にも認められる。
結晶表面は逆四角錘で窪みになっているはずであるが、図28〜33の写真では、凸に見えてしまう事もある。そこで、試料を回転しながらその形状変化を撮影した。傾斜角度は+80°から−80°の範囲で回転した。その結果をアニメーションで示す。図34は結晶全体像を、図35は中央の拡大像である。



結晶全体の回転アニメーション像(動画) 結晶中央部の回転アニメーション像(動画)
図34 結晶全体の回転アニメーション像(動画) 図35 結晶中央部の回転アニメーション像(動画)


これらの観察から、表面が逆四角錘状の窪みであることが確認できた。さらに四角錘の面と面が交わった稜を確認した。その結果を図36と図37に赤い線で示す。

結晶表面の稜(赤線) 結晶中央部の稜(赤線)
図36 結晶表面の稜(赤線) 図37 結晶中央部の稜(赤線)


この結果から、稜は直線である事が分かった。この結晶では、中央部で表面の傾斜が急になっていることが分かる。
さらに図34で、試料の回転により傾斜表面が隠れたりする様子から面の傾斜を求め、図36の緑線で示した場所の断面構造を推定した。図38はその結果を斜めから見た結晶像の下に貼り付けた図である。

結晶表面の凹凸解析結果
図38 結晶表面の凹凸解析結果


大半の表面は約15°の傾斜であり、中央部で急に約45°の傾斜面ができている事が分かった。また、表面は正方形であるが、高さはその5.7分の1である事が分かった

次に階段の様子を詳しく調べた。表面の傾斜面の階段全体を撮影した像を図39に示す。

結晶傾斜面のステップ像
図39 結晶傾斜面のステップ像


15°傾斜面の長さは約180μmあり、その中に観察できた階段の数は174個あった。黒い部分でコントラストが無く、数え落としがあると考えると、階段は約180〜200個程度あると考えられる。また45°傾斜面の長さは約6μmあり、その中の階段の数は15個あった。15°傾斜の表面では、外周に行くほど階段の間隔は少し広くなるが、間隔が密なP点での階段の間隔は約450nmであった。また、45°傾斜面Q点での階段の間隔は約340nmであった。この結果から、各傾斜面での階段の推定断面形状を図40に示す。

階段の推定断面形状
図40 階段の推定断面形状




・考察

塩水の水滴を自然蒸発させたときに析出した塩の結晶の形状を観察した。その形状は図38や図40で提示することができた。表面が逆四角錘状に窪み、その全面に階段構造が緻密にできている。このような構造の結晶がどのようにして成長するのであろうか。今まで観察した結果を参考にして考察をした。
最初は、何らかの不純物や温度差などを核にして、図24のような1μm以下の四角を基本とする小さな結晶ができることから始まるのであろう。それらが、近くで集まり、図18や図20で示すような四角形を組み合わせた結晶に成長し、さらには10μm程度の正方形に近い結晶に成長する。この結晶を種として、大きな結晶が成長すると考えられる。その過程を図41を用いて説明する。

結晶成長過程の推定図
図41 結晶成長過程の推定図


約10μm程度の正方形の結晶が初期結晶となり(図41の@)、塩水水面に浮かぶ。初期結晶の周囲には表面張力により図@のように水面が盛り上がる。塩水の表面から水分が蒸発し、初期結晶を基盤として接している塩水から結晶化が始まる。このように、ある結晶の原子配列に従って界面から結晶が成長する事を、エピタキシャル成長と呼んでいる。初期結晶に接している塩水は水面のところから結晶化し始め、図Aの空色で示したように結晶ができる。この時水面が盛り上がっているので、初期結晶より一段上にもできる。大きくなった結晶は重みで沈下を始める。しかし反対に浮力が働き、ある深さで安定になる(図B)。するとその結晶の周囲の水面が表面張力で盛り上がった状態になる。次のステップでは、さらに結晶表面がエピタキシャル成長し、図Cのように空色の結晶が成長する。この時、結晶の裏面も空色で示すように、新しい結晶が少し成長するであろう。成長した結晶の塊は重さで沈下を始めるが、浮力でまもなく止まる(図D)。このように結晶成長と沈下を繰り返すと、図38のような結晶に成長することが説明できる。さらに、傾斜面の角度が途中で変わる現象は、雰囲気や水溶液のわずかな変化によると考えられる。
従って表面の傾斜角度や階段構造の寸法は、雰囲気の温度や湿度や塩水の濃さなどに依存すると考えられる。また、塩水に、わずかの界面活性剤が添加されれば、表面張力が軽減され、成長速度や階段の高さにも影響するであろう。これらの現象を後日実験して調べたい。

本当に図41で示したような成長過程を経て結晶成長するのであろうか。光学顕微鏡の下で析出する様子を、時間をかけて動的観察をしてみたい。







                               −完−









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