■ 雪虫の舞い!(ワタムシ−綿毛2)

前回、雪虫の出産と綿毛構造の観察結果を報告した。今回は、その綿毛が体のどこから、どのように生えているかを調べた。



綿毛の生え方

成虫の綿毛のようす 幼虫(雌)の綿毛のようす
図1 成虫の綿毛のようす 図2 幼虫(雌)の綿毛のようす


図1は、まだ完全に乾燥していない雪虫を腹部(左)と側部(右)から観察した写真である。長い綿毛は胴体の側部から生えている。さらに側面の像では、綿毛が6個くらいの束から生えていることが分かった。図1の左写真で分かるように、雪虫の胴体は、ジャバラのような環状組織(体節)からできている。綿毛の束は各々の節の側面に付いているようである。
図2は前回掲載した雪虫が生んだ雌の幼虫の写真である。左が腹部からの、右が側面からの写真である。生まれたての幼虫にもすでに綿毛が生えていることが分かった。しかし、前回の図17に示すように、雄の幼虫には綿毛は生えていなかった。
側部にある長い綿毛の生え際をSEMで観察した。
何匹かの自然乾燥させた雪虫で、背中部が陥没して、側面が上方から観察できるものがあったので、それを使って綿毛の生え際を観察することにした。

乾燥させた成虫の背部 図3試料のSEM像
図3 乾燥させた成虫の背部 図4 図3試料のSEM像


図3はSEM観察した雪虫の光学顕微鏡写真である。右が頭部であり、左が胴部である。これは、表面に針を滑らせ、長い綿毛を少し剃り取った結果である。胴部の周囲に白く見えるのが残った綿毛である。胸部または腹部の体節は脚を支えるためか、少し硬くなっているようである。背部が陥没したのはそのためであると考えた。図3胴部の周囲に白く見える綿毛は側部の長い綿毛が生えている部分に対応する。
その試料に帯電防止のため、イオンコーティングをしてSEMで観察した結果を図4に示す。

図4の白枠部の拡大像 綿毛の蜂の巣構造の分布
図5 図4の白枠部の拡大像 図6 綿毛の蜂の巣構造の分布


図5は図4の上部白枠部の拡大像である。長い綿毛が束になっていた左右の部分には、蜂の巣のような構造が認められる。今後、蜂の巣構造と呼ぶことにする。この蜂の巣構造は綿毛が剥ぎ取られた跡だと考えられる。蜂の巣構造の間からは、側面から生えていると思われる綿毛が認められる。このような楕円形の蜂の巣構造が図6に柿色で示すように胴の周りに分布していることが分かった。蜂の巣構造は胴の左右にそれぞれ6個あり、頭部との境界と頭部にも認められた。この数は、胴を取り巻く体節の周期や数にほぼ一致している。観察部位の説明のため、各々の蜂の巣構造にアルファベットで名前を付けた。次に各蜂の巣構造の観察結果を示す。

蜂の巣構造LD部 LD部左部拡大
図7 蜂の巣構造LD部 図8 LD部左部拡大


図7は蜂の巣構造LD部の全体像である。LDは160μm径くらいの大きな組織である。その左部の綿毛が残っている部分の拡大像を図8に示す。この蜂の巣構造には体内から綿毛を分泌する穴(ワックス腺)が多く分布しているのであろう。図9,10には中央部の拡大像を示す。

LD部の綿毛部拡大 LD部の綿毛部強拡大
図9 LD部の綿毛部拡大 図10 LD部の綿毛部強拡大


綿毛は、幾本かの根をはわせた樹木のように生えていることが分かった。その横の綿毛が剥ぎ取られた視野に注目したのが図11と12である。

LD部の綿毛剥ぎ取り部 LD部の綿毛剥ぎ取り部拡大
図11 LD部の綿毛剥ぎ取り部 図12 LD部の綿毛剥ぎ取り部拡大


綿毛を剥ぎ取った跡は、幹の中心部が腐って倒れた桜の木のように、中空の跡が見える。綿毛が中空でなく棒状であるが、生え際では何本かの根に囲まれた隙間があることが分かった。
LD部の奥に、綿毛が剥げ、さらに外皮が出たと思われる部分が見えたので、少し手前に傾斜して観察した。その結果を図13〜20に示す。

LD部上部の外皮露出部 外皮露出部拡大
図13 LD部上部の外皮露出部 図14 外皮露出部拡大


図13はLD部の奥の外皮が露出している部分の全体像であり、図14はその拡大像である。図14の上部は完全に外皮が露出していると思われる部分で、下部は外皮を被う皮膜組織がある。これらは綿毛を機械的に剥ぎ取った際に、剥がれたものと考える。下部の皮膜の拡大像を図15,16に示す。

図14の下部視野 図15拡大
図15 図14の下部視野 図16 図15拡大


図15,16で分かるように、皮膜には写真上部では液状のものが被っている。皮膜はたいていの昆虫の体表面を被っているワックス層であると考えられる。下部では円状の窪み組織があることが分かる。この円状組織は、図12の中空の株組織に続いていることから、綿毛の土台になっていることが分かる。円状組織は、周囲が土手のように盛り上がっている。
さらに、図14上部を拡大したのが、図17、18である。この部分は、外皮が露出した場所であると考える。

図14の外皮部 外皮部拡大
図17 図14の外皮部 図18 外皮部拡大


外皮と思われる組織は、綺麗な蜂の巣構造で、レンコンの断面を見ているようだ。図16に認められる円状の土手組織は、このレンコン構造の上を被い、形状も移されていると考えられる。すなわち、綿毛は、レンコン構造の外皮の上に敷かれたワックス皮膜の上に生えているということが分かった。
別の綿毛が剥がれた場所も観察した。図19〜24は図6のRBで示す蜂の巣構造を観察した結果である。

蜂の巣構造RBがある視野 RB部全体像
図19 蜂の巣構造RBがある視野 図20 RB部全体像


図19はLDと反対側にある蜂の巣構造RBがある視野で、図20がRBの全体像である。綿毛がある部分と剥げとられた部分との境界領域に注目し拡大して観察した。

RB部拡大 図21中央部拡大
図21 RB部拡大 図22 図21中央部拡大


図22中央部拡大 図23中央部拡大
図23 図22中央部拡大 図24 図23中央部拡大


図21〜23の左側は綿毛が残っていて、右側は剥げて無くなっている部分である。図16で観察したと同じような円状の土手構造が認められる。綿毛は土手の一部分から生えていることが分かった。図24は円状構造の拡大像である。土手は場所的に凹凸があること、綿毛を作る細かい繊維(0.1μm程度の白い繊維)が土手部から多く出ているが分かった。この細かい繊維が束になって約2μm径の綿毛を作っているようだ。したがって、円状構造は一種のワックス層であり、土手部には蝋繊維を分泌するワックス腺が多く分布していると考えられる。

今まで観察した綿毛の生え際の様子が、他の雪虫でも同じかどうかを調べるため、図3〜24で観察した雪虫とは別の雪虫の生え際を観察した。その結果を次に示す。



他の雪虫の綿毛の生え際 図25の拡大像
図25 他の雪虫の綿毛の生え際 図26 図25の拡大像


この雪虫でも矢張り、生え際には円状の土手構造があり、土手の一部から綿毛が生えていることが分かった。



綿毛の生成に関する考察

雪虫の長い綿毛は、胴体の各体節側部に付いた蜂の巣状の器官から生えていることが分かった。綿毛の生え際については、次のような仕組みになっているのではないかと考えた。

綿毛の生え際の説明図
図27 綿毛の生え際の説明図


蜂の巣構造の外皮には、多くのレンコン構造があり、その上にはペンキを塗ったようにワックス層と考えられる皮膜がある。レンコンの穴に対応する円状部は窪んでいて、周囲は土手のように盛り上がっている。ワックス層の突起した土手の部分から、多くの微細な蝋と考えられる繊維が生え、それらが束になって綿毛を形成する。蝋繊維は、われわれの汗が汗腺から出るように、蝋腺から出ているのであろう。0.1μm程度の微細な蝋繊維がどうして2μm径程度の束に成長し綿毛になっていくのかは不思議である。綿毛を形成する時には、白く見える微繊維のまわりには、灰色の液状の粘性の物質が被っている。蝋燭の芯の周りに蝋が吸いあげられる様子を思わせる。前回の綿毛の高倍率観察においても、白く見える繊維の周りには灰色の雲のような物質が認められたが、これも同じ粘性の蝋物質であろう。綿毛の形成のメカニズムをもっと知りたいものだ。







                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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