■ 蝶の秘密(スジグロシロチョウ−口吻1)

今年から、庭の芝を取り去り、ネコの額ほどの畑で家庭菜園を始めた。今はミニトマトが収穫でき、育てることの楽しさを味わっている。そのためか、今年は蝶がよく飛んでくる。蝶は蜜を毛細管現象で吸っていると聞いたことがあるが、どんな口吻(コウフン)をしているのだろうか。今回は、蝶に犠牲になってもらい、蝶の秘密を調べることにした。

庭で採取した蝶をアクリルの醤油差しに入れたら、しばらく狭い部屋で羽ばたいていたが、その後疲れたのか、ふたの段差に脚をかけ、こちらをじっと見ていた。そうかポーズを取ってくれているのだと、デジタルカメラを取り出した。じっとしていたので、角度を変えて撮影ができた。それらから、3D(ステレオ)写真を作った。その一つを紹介する。

ポーズを取る蝶(交叉法による3D) ポーズを取る蝶(並行法による3D)
図1a ポーズを取る蝶(交叉法による3D) 図1b ポーズを取る蝶(並行法による3D)


ゼンマイのような口吻は立派なヒゲ(下唇髭)の間に収められ、その両側には直径1mm以上の半球型の複眼がある。複眼は美しいコンポーズグリーン色で、その中に六角形の偽瞳孔があった。

白い蝶だったので、モンシロチョウと思っていたが、図鑑で調べると、スジグロシロチョウであることが分かった。モンシロチョウが採取できないかと、結局9頭捕まえたが、いずれもスジグロシロチョウであった。スジグロシロチョウは、翅に筋状の黒い模様があるのが特徴である。その代表的な翅の写真を次に示す。

スジグロシロチョウの翅の模様
図2 スジグロシロチョウの翅の模様


文献によると、スジグロシロチョウは日本の昔からの種で、モンシロチョウの方が古代に野菜と共に大陸から帰化した種であるようだ。モンシロチョウはキャベツなどの栽培野菜を食べるのに対し、スジグロシロチョウは野外植物を食べるので山野に多いようだ。私の住む里山ではスジグロシロチョウが多いのであろう。今回は捕えた9頭のスジクロシロチョウを用いて、口吻など、蝶の秘密を自分の眼で探ることにした。



蜜を吸う口吻の先はどうなっているのか

まず。蜜を吸う口吻の先がどのようになっているのかを調べることにした。あの長い口吻を伸ばし、蜜のありかを探って、どのように蜜を吸い上げるのであろうか。その構造から調べることにした。
図1で分かるように、蝶の口吻の両側には、大きなヒゲがあるので、口吻の詳細を調べるには切り出すしかない。そこで、ゼンマイ状の口吻をハサミで切り取った。
その一つ(試料A)の光学顕微鏡像と、同一試料のSEM像をそれぞれ図3と図4に示す。

切り出した口吻の光学顕微鏡像 図3の口吻のSEM像
図3 切り出した口吻の光学顕微鏡像 図4 図3の口吻のSEM像


解説書には、この口吻は解剖学的には小顎の外葉と呼ばれている部位で、二枚の樋のような顎が合わさってできていて、蛹から羽化したときは離れているが、その後合わさって筒状になると説明されている。
SEM観察のため乾燥させると、この一対の外葉は元の二つに離れやすいようだ。拡大しながら上方から観察したのが図5aで、外葉の先端部が離れているのが分かる。さらに試料を傾斜して斜めから観察すると、図5bに示すように、完全に分離していることが分かった。 図5aの上方からの観察と、図5bの試料傾斜した斜めからの観察を、順次倍率を拡大して、特に口吻先端部に注目して観察した。結果を図5〜9に示す。

上方から見た口吻 斜めから見た口吻
図5a 上方から見た口吻 図5b 斜めから見た口吻


上方から見た口吻先端部 斜めから見た口吻先端部
図6a 上方から見た口吻先端部 図6b 斜めから見た口吻先端部


上方から見た口吻先端部 斜めから見た口吻先端部
図7a 上方から見た口吻先端部 図7b 斜めから見た口吻先端部


上方から見た口吻先端拡大 斜めから見た口吻先端拡大
図8a 上方から見た口吻先端拡大 図8b 斜めから見た口吻先端拡大


上方から見た口吻先端強拡大 斜めから見た口吻先端強拡大
図9a 上方から見た口吻先端強拡大 図9b 斜めから見た口吻先端強拡大


ゼンマイのように巻いた口吻の外形は、ちょうど掃除機のホースのように、円周状に溝が入っていることがわかった。最先端部の径は約20μmで、表面部には3〜5μm程度の小石状の粒があり、その構造は、馬のたてがみのように約350μm下方まで続いていることが分かった。さらに図9a、9bで観察できるように、小石構造の所々には、図9b矢印で示すような約2μm径で長さ6μm程度の針状構造が認められた。
次に、今まで外観を見た口吻の筒の内部の観察を試みた。ピンセットで先端部を押したところ、口吻の上の一周の外葉が折れて飛んだ(図10)。図5bと図10を比較すると破断の様子が分かる。飛んだ破片を裏返して観察したのが図11である。これは、図5で観察した口吻先端部を裏返して筒の内面を見たことになる。
そこで図6〜9で観察した先端外観に対応する内面を、倍率を変えて観察した。その結果を、図11〜15に示す。

上部外葉が欠けた 折れて飛んだ上部外葉破片
図10 上部外葉が欠けた 図11 折れて飛んだ上部外葉破片


上部外葉先端部の内面 上部外葉先端部の内面拡大
図12 上部外葉先端部の内面 図13 上部外葉先端部の内面拡大


上部外葉先端部の内面拡大 上部外葉先端部の内面強拡大
図14 上部外葉先端部の内面拡大 図15 上部外葉先端部の内面強拡大


次に、今まで観察した外葉の下側に見えるペアーのもう一方を観察した。
図16は図10の拡大像であるが、下側の外葉の内面が見える。それを拡大したのが図17である。その先端部をさらに拡大した像を図18、19に示す。

下側の外葉 下側の外葉内面
図16 下側の外葉 図17 下側の外葉内面


下側の外葉内面の拡大 下側の外葉内面の強拡大
図18 下側の外葉内面の拡大 図19 下側の外葉内面の強拡大


以上観察した結果を比較しやすいように次のようにまとめた。

外葉の上側外観と下側内面 外葉の上側内面と下側内面
図20 外葉の上側外観と下側内面 図21 外葉の上側内面と下側内面


図20は、上側の外葉の上面と、下側の外葉の内面を並べて示す。合体していた二枚の外葉をはずして離した状態である。図21は上側外葉の内面と下側の内面を並べて示す。ちょうど魚を開いて見たと同じ状態である。上側と下側の外葉は、ファスナーのような細かい凹凸構造で合体して、竹輪のような筒構造になる事が分かった。ファスナーは図15、19で分かるように、ほぼ先端まであり、両者が繋がる事が分かる。最先端部はちょうど象の鼻のように、先端だけに穴が開いていて、その大きさは10μm以下である。どの内面にも外観と同じように円周状にしわがあり、その凹凸の間隔は2〜5μm程度である。図18上部には口吻中央部の太い外葉の内面が見えるが、ナットの内面のネジ山のように規則正しい凹凸がある。
次に、吻先端部の横断面を切り取って観察した結果を次に示す。

口吻先端の横断面 口吻先端の横断面拡大
図22 口吻先端の横断面 図23 口吻先端の横断面拡大


先端部の横断面の作成は難しかったが、図22、23から、口吻先端部は、長径約50μmの楕円形の断面構造であり、その中央に直径約10μmの穴が空いている事が分かった。
この断面は、図20で比較すると、ほぼ中間部、すなわち先端から約150μm離れた場所の横断面であろう。

もう一つ特徴的なことは、先端に長さ約50μmの鱗粉のような構造が認められたことである。まず試料Bの先端部の鱗粉状構造を見てほしい。

試料Bの口吻先端部 試料Bの鱗粉状構造の拡大
図24 試料Bの口吻先端部 図25 試料Bの鱗粉状構造の拡大


鱗粉状構造の拡大 鱗粉状構造の強拡大
図26 鱗粉状構造の拡大 図27 鱗粉状構造の強拡大


試料Bで認められた鱗粉状構造は図25でわかるように、先端から約80μm下部のファスナーの瓦状の構造から生えているように見える。図27のように強拡大すると、0.1μm周期の縞構造があることが分かった。この鱗粉状構造が試料Bでたまたま見えた特殊なものかと疑った。始めに観察した試料Aの顕微鏡像を良く見ると、図7b、8b、9bの側面には、鱗粉状構造が押し付けられたと考えられる構造がある事が分かった。さらに別な試料Cの口吻先端を観察した結果を図28、29に示す。

試料Cの先端部 試料Cの先端部
図28 試料Cの先端部 図29 試料Cの先端部


試料Cでも鱗粉状の構造が認められた。この試料では、鱗粉構造は、剥がれた下側の外葉の内面に入り込んでいるが、これは外葉が剥がれた後に入り込んで密着したと考えられる。 試料Cでは、先端から約100μm下部に、長さ約80μmの鱗粉構造が認められた。



蝶の口吻先端構造に関する考察

蝶が花の蜜をどのように探し当て、吸い込むのかを解明するために、口吻の先端部に注目して、その構造をSEMで観察してきた。これに関する文献が見つからなかったので、確信的な結論は出せなかったが、次のような機能の推定をすることができた。
今までの結果を図式化し図30に示す。

口吻先端部の説明図
図30 口吻先端部の説明図


口吻の先は、ゾウの鼻先のような円錐状の形で、外観には環状の凹凸があり、提灯のようにジャバラ構造になっている。これは蜜を探るときに口吻を自由自在に曲げられるように上手く出来ている。先端の筒の穴の内径は10μm以下で、かなり細いことが分かった。先端部には、3〜5μm径の小石状構造が覆い、小石の一部には円錐状の針があることが分かった。蝶はこの口吻の先を花の中に入れ、ゾウの鼻のように自由自在に動かして蜜がある場所を探す。その時この小石状構造は、硬くてキリの刃の役目をするのではなかろうか。またその中には、触覚、味覚、嗅覚などを感じられると思われる円錐針があり、その感覚機能によって蜜のあり場所を探し求めることができるのではないか。
問題は、鱗粉状構造の役目である。口吻から生えている方向から、口吻を花に押し込む時に剥がれやすいように見えるが、どのように、なんのために付いているのであろうか。不思議な構造である。多分感覚機能であろうが、この構造の役目は後日調べたい。
さて、蜜のありかが見つかったら、その蜜をどのように体内に吸い込むのであろうか。前に調べた蚊の場合は、吸引ポンプがあり導入管の密閉度もかなり良いので吸入できるのは理解しやすい。しかし、蝶では吸引ポンプの存在は報告されていない。インターネットで調べたところ、毛細管現象で吸い上げるという説明があった。口吻の先の導入穴の大きさが約10μmと極細であることは、毛細管現象の説を支持する。さらに図21で認められるように、内面がネジのナットの内面のように円周状に細かい凹凸がある。この構造が毛細管現象を促進すると考えられる。さらに、図20、22で分かるように、蜜が通る穴の周りには楕円形の肉厚部がある。これが筋肉のように穴を広げたり萎めたりできれば、我々の食道が食物を送り通すゼンドウ運動のような機能があるのではないか。そうでもないと、毛細管現象だけでは、あの長い口吻を通して蜜を体内に取り込む事は容易でない。







                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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