■プラントオパール(稲-3)

数年前、備前を訪ね、登り窯を見学したことがある。備前焼は、釉薬(ゆうやく)を使わず、1200〜1300℃の高温で焼成し焼絞(やきし)める代表的な陶器である。その中に緋襷(ひだすき)という焼き方がある。これは、作品がお互いに接触するのを防ぐために、藁(わら)を挟んで焼いたときに、藁が接触した部分が、濃く明るい赤(緋)く焼かれる現象を利用したものある。その一例を図1に示す。この場合、藁を襷(たすき)に巻いて焼いて模様を得ているのに由来する。この赤色は、藁の中のケイ酸分と備前土に含まれる鉄分とが反応して赤色の成分になるためと説明されている。また藁灰を分析した文献では、酸化ケイ素が60〜70%、他はNa,Ca,K,Fe,Mgの酸化物が数%ずつ含まれていると報告されている。
備前焼に魅かれた私は、プラントオパールで代表される稲の葉のガラス質が、灰になって、どのように影響しているのかを知りたくて、稲の葉を焼く実験をした。



加熱による8の字構造の変化

今まで観察したと同じ稲の葉を長方形に切り取り、一方からライターで焼いた。その結果を図2に示す。図の右端にライターの炎の白色の高温部を約5秒間あてた。一瞬で緑色の葉は黒く焼け、炎が直接当たった端部は、炭のように赤くなった。紙や木では、焼いた部分は白い灰になるが、稲の葉では、高温で焼いた部分も黒い炭となって残り、形状も保ったままである。ライターの炎の色から、端部は1000℃以上の高温で焼いたと考えられる。 まず、高温にさらしたことによる表面の構造変化を調べた。特に形状が特徴的な8の字構造に注目して観察した。

緋襷の備前焼 ライターで焼いた稲の葉
図1 緋襷の備前焼 図2 ライターで焼いた稲の葉


図3は図2と同一視野のSEM(走査電子顕微鏡)像である。

図2と同一視野のSEM像
図3 図2と同一視野のSEM像


図3の左部拡大 図3の右部拡大
図4 図3の左部拡大 図5 図3の右部拡大


特徴的なことは、図4で示すように、地の明るさが右側と左側で異なることである。この境界は、図2の緑色と黒色の境界にほぼ一致する。これは、白色部は高温で水分や軽元素からなる細胞などが消失し、密度が高くなり、二次電子の放出が多くなったためと考える。また図5に示すように、1000℃近い高温で焼いた右端部の端は少し丸まっているようだが、形状はあまり崩れていないことが分かる。

図3で、左から右方向に、より高温にさらされたことになる。表面を左右に走る8の字列を順次観察し、温度による8の字畝構造の変化、特にその上に観察されたパン粉状の粒がどのように変化するかを観察した。代表的な観察点を図3にアルファベットで示す。各点の8の字構造SEM写真を図6に示す。

A部8の字構造 B部8の字構造 C部8の字構造
図6a A部8の字構造 図6b B部8の字構造 図6c C部8の字構造


D部8の字構造 E部8の字構造 F部8の字構造
図6d D部8の字構造 図6e E部8の字構造 図6f F部8の字構造


G部8の字構造 H部8に字構造 I部8の字構造
図6g G部8の字構造 図6h H部8に字構造 図6i I部8の字構造


意外だったのは、図2で緑と黒の境界近くのC点で、すでにパン粉状の粉が溶けていることである。この辺りにはライターの炎は当たらないので、わずかな熱風で変化したとしか考えられない。
パン粉状の粉がかなり低温で溶ける事が分かったので、次に低温で変わるようを観察する実験をした。温度制御はお湯が一番簡単なので、沸かした湯の中に、アルミフォイルで作った円筒状の容器を作り浮かばせた。アルミ容器に稲の葉を表面をアルミ面に接するように入れて三分間放置した。温度計でお湯の温度を測り、稲の葉の保温温度とした。各温度で保温した後、8の字構造に注目して観察した結果を次に示す。

25℃室温 60℃保温 75℃保温
図7a 25℃室温 図7b 60℃保温 図7c 75℃保温


80℃保温 85℃保温 95℃保温
図7d 80℃保温 図7e 85℃保温 図7f 95℃保温


この結果、パン粉状の粉は保温温度80℃から溶け始め、85℃ではほとんど、95℃では完全に溶けて表面を覆う事が分かった。かなり低温で変化する物質であることが分かった。

このように100℃以下の雰囲気で溶けるということは、パン粉状の粉はプラントオパールの成分と言われている非結晶水珪酸体(SiO2・nH2O)に近いものが、加熱により水分が蒸発し、低温ガラスになるのではないかと考える。
蛇足だが、観察をしていて、とろけるチーズをまぶしたトーストに似ていることに気付き、早速実験した。

とろけるチーズをまぶして焼いたパン
図8 とろけるチーズをまぶして焼いたパン


チーズが良く見えるように、パンはあらかじめ焼いた。その上にきざんだとろけるチーズをまぶし(a)、トースターで加熱した(b)。最後にはチーズがパンを覆った(c)。

図6から、100℃以上に加熱されると、溶けたガラスは再び析出(図6e)することが分かった。このとき、8の字構造の間が盛り上がり、それがまた溶ける(6f,6g)事が分かった。その様子を詳細に観察した。この変化はかなり瞬時に変化するようなので、8の字列から推定した。この温度での溶解は、おそらく軟質ガラスの蒸発しやすいNa,Ca,K等の元素が蒸発して硬質のガラスができる現象ではないかと推定する。

8の字構造間の変化1 8の字構造間の変化2
図9a 8の字構造間の変化1 図9b 8の字構造間の変化2


8の字構造の間の盛り上がりは、始め、両側から溶けたガラスが流れ込むと推定した。しかし、これらの写真を観察すると、8の字構造間の突起は、盛り上がっても埋まらないことが分かった。このことから、8の字構造間の突起の下の層がこの温度で溶けて、盛り上がるのではないかと考えられる。この層は粘性があり、間もなく溶けて垂れる。

さらに高い温度にさらされると、再び溶け、8の字構造の表面を覆う。この近くは、1000℃に近い高温であるので、溶けて覆った物質は、硬質ガラスに近い状態ではないかと思う。すなわち、備前焼の緋襷は、図6h,6iで軟質ガラスが溶けて硬質ガラスになる際に鉄分と反応してできるのではないかと推定するが、いかがであろうか。専門家に是非伺いたい。





加熱によるプランオパールの変化

さて、このテーマで注目したプラントオパールは高温では一体どのような変化をしているのだろうか。次にその観察結果を紹介する。

まず、稲の葉を切り、前の実験と同じようにライターで端を焼いた。
その縦横断面方向から観察し、プラントオパールを観察した。この時、焼いた状態を確認するため、傾斜して表面の8の字構造を観察して図6と比較した。

まず縦方向の断面観察した結果を示す。

縦断面観察
図10 縦断面観察


図10は縦断面からの観察例である。写真(a)は、プラントオパールが含まれる部分に沿って切り裂いた断面の光学顕微鏡像を示す。透き通ったプラントオパールの列が見える。写真(b)は、ライターで焼いた後の同一場所の光学顕微鏡像で、表面は黒くなっているが、プラントオパールはガラス玉のように光っている。写真(c)は同一視野のSEM像である。歯のように並んでいるのが分かる。SEM像のAの部分を拡大して詳細に観察した。

A部拡大 A部の表面像
図11 A部拡大 図12 A部の表面像


図11はライターで焼いた図10のA部の拡大像である。7個のプラントオパールが観察できる。この視野がどの程度の高温で加熱されたかを確認するため、試料を手前に約90度傾斜し、表面を観察した。図12はその結果で、下部には図11で見えるプラントオパールが観察できる。図12の8の字構造を拡大して観察した。

A部表面拡大像 A部強拡大像
図13 A部表面拡大像 図14 A部強拡大像


図14では、8の字構造の表面は溶け、その間も盛り上がっている。この状態は、図6c,6dに似ている。このような温度でのプラントオパールP,Q,Rがどのように変化しているかを詳細に調べた。

プラントオパールP オパールPの拡大像
図15 プラントオパールP 図16 オパールPの拡大像


プラントオパールPの形状は前々回(稲-1)観察したのと変わらない。さらに拡大像図16の微細な顆粒構造は、前回(稲-2)観察したものとほぼ同じであることが分かった。

プラントオパールQ,R オパールQの拡大
図17 プラントオパールQ,R 図18 オパールQの拡大


オパールQの底面は、覆っていた皮膜が高温で焼けたのか、多面体の底面に付着している。しかし、底面の顆粒構造は変化していない。
オパールRの側面には亀裂が入っていた。

オパールRの亀裂部 亀裂拡大
図19 オパールRの亀裂部 図20 亀裂拡大


亀裂の内部を観察すると、亀裂はもともと入っていたとは考えにくい。ライターで急激に加熱したので、ガラスのように局部的な膨張率の差から、亀裂が入ったと考えられる。表面部は緻密であるが、内部はやや粗い顆粒構造であり、溶解などの変化は認められなかった。

次に、横断面をライターで焼いて、プラントオパールを観察した例を示す。横断面は焼くと先端部の表面が内側に曲がり、プラントオパールの観察が難しかった。そこで先端を0.5mmくらいハサミで切断し、新しい断面を作った。

横断面のプラントオパールS オパールS拡大
図21 横断面のプラントオパールS 図22 オパールS拡大


切り取った葉の断面内部の有機物は焼失し、ほとんどが素通しになっていて、ところどころにプラントオパールが表面にからつり下がっていた。オパールSに注目して、その視野を手前に傾斜して表面構造変化から加熱温度を調べた。

プラントオパールSの表面 表面の8の字構造
図23 プラントオパールSの表面 図24 表面の8の字構造


図24の8の字構造と図6を比較すると、6f、6gに近い高温であることが確認できた。
この温度でのプラントオパールの詳細を調べると。

オパールSの側面拡大 オパールSの強拡大
図25 オパールSの側面拡大 図26 オパールSの強拡大


オパールSを拡大すると、多少の亀裂は認められるが、表面構造はほとんど変化していないことが分かった。このことから、プラントオパールは1000℃近くに加熱しても、溶解などの変化は無いことが分かった。
プラントオパールを支える表面層断面を拡大して観察すると、

オパールSと表面層 表面層拡大
図27 オパールSと表面層 図28 表面層拡大


表面層は0.5〜1μmの厚さで、プラントオパールと同じような顆粒構造であることが分かった。

以上、稲の葉のガラス成分が、加熱によってどのように変化するかを調べた。ライターで燃焼させることにより、1000℃近くまで加熱した結果、稲の葉表面を覆っているパン粉状の粒子は、約85℃で溶け、1000℃近くでも消失しないで表面層として残る事が分かった。また葉の中に存在するプラントオパールは、急激な加熱で亀裂が入ることはあるが、溶解や変形などの変化はなく、緻密な顆粒構造を保つことが分かった。

葉の表面のパン粉状の粒は2度の溶解を経て、硬いガラスに変質するようである。このガラス質が、備前焼で緋襷を表す一種の釉薬の働きをするのではないだろうか。

プラントオパールが1000℃以上の温度で溶解されないことが分かったが、それ以上の温度で溶解するかどうかは今後さらに調べていきたい。硬いガラスと考えられるプラントオパールが、備前焼でどのような働きをするのかは、今後の課題としたい。





注1:植物学の知識がないため、組織の正式な名称を書けなかったが、本実験中、文献を調べた結果、専門的には、プラントオパールは機動細胞珪酸体、8の字構造は短細胞珪酸体と呼ばれていることが分かった。またプラントオパールは稲の葉が枯れて土壌内に残った機動細胞珪酸体の俗名である。プラントオパールはガラス質であるため、長時間土壌内で保存されるため、古代の稲作などの研究に使われている。

注2:稲の葉の表面にパン粉状の粉がある微細構造は、撥水性に優れ、また全体が珪素体であるため、害虫にも強く、また強度も強いと考えられる。台風などの風雨にも耐え、稲穂を実らせてくれるのに、大きな貢献をしてくれていると考える。









                               −完−









タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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