■お御足を拝見します(ジョウカイボン)

6月上旬、幼稚園生の孫二人が我が家に来て、虫取りをしたいという。近くの公園に虫取り網を持って出かけた。モンシロチョウが草や花を飛び回っていた。私より子供たちは結構うまく捕まえた。大人より低い目線と、虫を追う目の性能がよいためであろうか。
草むらをすばやく低空飛行する虫がいた。大和君がそれを追いかけ、虫網に取った。「おじいちゃん、この虫なんという名前?」と聞かれて困った。蛍のような形をしているが、翅は黄土色である。「お家に帰って調べてみよう」、と虫かごに入れて持ち帰った。
体長は約17mmで小型のカミキリムシにも似ている。昆虫図鑑で調べたところ、ジョウカイボンという名前である事が分かった。恥ずかしい事に、68年間も生きていて、この虫は始めて見た。足を見たら、カミキリムシのように、立派な符節と爪を持っていた。これなら、カミキリムシのように簡単にガラス面を登れるだろうと、ジャムの空き瓶に入れて見たところ、意外や、滑って登れない。こんな立派な足で何故と、今回のお御足拝見のお客様になってもらった。

ジョウカイボンについては、良く分かっていない事が多いようである。名前の由来も、平清盛の法名「浄海坊」からという説もあるが、定説ではない。また他の昆虫を食べる肉食昆虫とも、花の蜜も食べる雑食という説明もある。いずれにしても地味な虫である。

採集したジョウカイボンのデジタルカメラ像を図1と2に示す。

背部から見たジョウカイボン 腹部から見たジョウカイボン
図1 背部から見たジョウカイボン 図2 腹部から見たジョウカイボン


背中の翅は茶が入った黄土色であるが、腹部は黒く、また脚の大腿部は黒く、その先は黄土色であるのが特徴である。

足の裏の詳細を調べるため、前足、中足、後足をそれぞれ切り取り、棒状の試料台の先端に固定した。その状態で撮影した各足のデジタルカメラ像を次に示す。

前、中、後足の接写像
図3 前、中、後足の接写像


各足の構造はほとんど同じで、先端の爪の下には、5個の符節がある。歩くときはこの符節が着地する。

次に、この符節の着地面を拡大してSEM観察した。

前、中、後足符節着地面の比較像
図4 前、中、後足符節着地面の比較像


図3の接写像で予想したように、三種類の符節着地面の構造は、ほとんど変わっていなかった。これらの爪と符節の前後関係を調べるため、足を試料台軸の周りに回転して観察した。その結果を図5に示す。このような観察ができるのは、試料を棒状の試料台の先に固定したからである。

前足を回転して観察
図5 前足を回転して観察


少し回転した傾面観察では、各符節が着地面に対し凹型である事がわかった。もちろん試料が乾燥したことによる曲がりも考えられるが、他の虫の足裏観察結果から、もともと湾曲していると考えられる。これは、いろいろなところに掴まり易い構造になっていると考えられる。背面すなわち足の上面には毛が生えている。各符節は100μm径くらいの接合棒で繋げられ、各々の符節の傾斜角度が変えられるようになっているようだ。これも凹凸のある面に密着できるように仕組まれているのだと考えられる。

次に先の爪から順に拡大して観察した。その結果を以下の図に示す。

爪部 爪部拡大
図6 爪部 図7 爪部拡大


爪部の拡大像を図6に示す。爪は他の虫と同じように、錨の形をしている。ここで疑問に思ったことは、爪の根元の右側に、爪が枝切れしたような部分が認められることである。同様な形状は後足の爪にも見られた。爪の下には、小さな毛が生えた組織が認められた。カミキリムシでは下の第一符節は大きいが、ジョウカイボンでは爪の補充的な役目をしている符節があった。この組織から順に番号をつけて符節を呼ぶことにする。
まず、第一符節を拡大すると、



第一符節 第一符節拡大
図8 第一符節 図9 第一符節拡大


第一符節は、全体に毛が生え、その毛は先が細くなっていた。吸盤らしき組織は無かった。
第二符節は大きく、体を支える重要な部分であるようだ。

第二符節着地面 第二符節を斜めから観察
図10 第二符節着地面 図11 第二符節を斜めから観察


第二、第三符節部(図10)はモップスリッパのような形と毛並みをしている。凹凸の様子を確認するために、少し傾斜して観察(図11)もした。その結果、図10でコントラストが黒い部分は凹んでいる事がわった。第二符節を拡大すると、

第二符節上部拡大 第二符節上部の強拡大
図12 第二符節上部拡大像 図13 第二符節上部の強拡大


第二符節下部拡大 第二符節下部の強拡大
図14 第二符節下部拡大 図15 第二符節下部の強拡大


第二符節の上部は着地面に、下部は土踏まずのようにくぼんでいる。いずれの場所も全面が針状で柔らかそうな毛で覆われている。これでは、ガラス面を登ることはできないだろうと思った。下部のくぼんだところは、どんな働きをするのであろうか。

次に第三符節を観察した。

第三符節 第三符節拡大
図16 第三符節 図17 第三符節拡大


第三符節は舟形構造で、側面内部には先端までまっすぐに伸びた針状の毛が、内部底面には第二符節の下部と同じような先が曲がった柔らかそうな毛が生えている。その毛の生えている模様は、規則的で花火のようで見事である。船形構造は、歩くときに、下地を挟みやすいようになっているのであろう。側部は、ちょうど我々の足の指に対応しているのではないか。さらに拡大すると、

第三符節の強拡大
図18 第三符節の強拡大


いずれも、針状で先端が曲がった、柔らかそうな毛である。この底部の毛はどんな働きをするのであろうか。着地したときに、下地の様子を探る触角の働きをするのであろうか。 次に第四符節を拡大観察した。

第四符節 第四符節拡大
図19 第四符節 図20 第四符節拡大


第四符節の幅は、第三、四に比べ狭く、長方形であり。同じように溝状の構造をしている。
なお第五符節は、図4の後足像で見れるように、第四符節と同じような長方形の溝状構造であった。

以上、ガラス瓶を登れなかったジョウカイボンの足裏を観察してきたが、どの足裏も、針状の毛が生えているだけで、テントウムシで見た吸盤のようなガラス面をつかめるような構造は見当たらなかった。また、ハエトリグモのような、下地に密着できるような構造も見当たらなかった。こうして、ガラス瓶を登れない理由が理解できた。しかし、カミキリムシとよく似たジョウカイボンの足裏に、神様はどうして針状の毛だけしか与えなかったのだろうか。

ジョウカイボンとの出会いを記念して、顔の写真を撮った。

頭部前から 目と触角部拡大
図21 頭部前から 図22 目と触角部拡大




顔は比較的薄っぺらで、口は肉食だけあって、鋭く大きい。目の部分を拡大すると、複眼である事が分かった。頭部には、毛が生えていた。











                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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