■なぜテントウムシはガラス窓を登れるか?



昨年11月、伊沢さんという方がタイニーカフェテラスに立ち寄ってくださいました。伊沢さんは子供向けの科学の絵本を読む会で活動しておられるとのこと。お話しの中で、テントウムシがどうしてガラス窓を登れるかという話題になった。ある絵本では分泌物があるからと書いてあるようで、伊沢さんも疑問に思っておられた。以前、ニクバエの足を観察したとき (「ニクバエの脚」を参照)、何か吸盤のようなものを観察し、ハエが天井にくっついておれるのは、粘着分泌物だけでなく吸盤があるからではないかと解釈した。伊沢さんには、たぶん吸盤のようなものがあるのでしょうから、いつか観察してみますとお話しして別れた。

12月に入り、テントウムシを観察しようと庭を探したが、見つからない。そこで、ガーデニングをしている娘に探してくれるよう頼んだ。その時、できたらガラスを登る様子を撮影して欲しいと頼んだ。彼女がやっと探してくれたテントウムシのテン君に犠牲になっていただき、脚をじっくり見せていただくことにした。



テントウムシは、上へ上へと登る習性がある。漢字では天道虫と書かれているが、この性質によるものと言われている。さて、採取してくれた娘が撮影してくれたテン君のポートレートと元気にグラスを登るようすをまず紹介します。

ナナホシテントウムシ ワイングラスを登るテントウムシ
図1 ナナホシテントウムシ 図2 ワイングラスを登るテントウムシ






ワイングラスを登るテントウムシ(動画)



テン君はナナホシテントウムシで、背中は鮮やかなバーミリオン色に黒いホシが七つある。 お腹は黒光りしていて、おしゃれである。テン君にワイングラスを被せると、すぐ内壁を登りだした。やはりテントウムシは上に登る習性があるのだ。一番上に行き、行止まりと分かると羽を広げる。結局飛び立てず下に降り、またガラス壁面を登り始める。これを何度も繰り返す。

さて、かわいそうだが、小型SEMの中に入っていただき、体の様子をじっくり見せていただくことにした。まずは顔から。

テントウムシの顔 テントウムシの複眼
図3 テントウムシの顔 図4 テントウムシの複眼


口部は、肉食動物だけあって、アブラムシ等が食べられるようにアゴが発達している。口の上部には、左右に長い触角が出ている。両側には直径0.5mm程度の目がある。拡大(図4)すると、蜂の巣構造になっていて、複眼である事が分かる。

次に、仰向けになってもらい、脚をじっくり見せてもらった。

テントウムシの腹部
図5 テントウムシの腹部


図5は腹部の半身を観察したもので、右側が頭で、その左に三本の脚が見える。右から前脚、中脚、後脚と呼ぶことにする。脚の先には碇のような爪があり、その下にはブラシのような足構造がある、その下には、ふくらはぎ、もも、がある。特に後脚のももが大きく発達している事が分かる。歩くときには爪とブラシ構造部が着地しているようだ。



昆虫の足は、人間とは全く別物と思っていたが、足の裏を比較してみると、部位がよく似ている事が分かった。見苦しい写真ですが、文ちゃんの足裏とテン君の足裏を比較してみました。

テントウ虫と人間の足裏の比較
図6 テントウ虫と人間の足裏の比較


テン君の足裏の長さは約1mm、文ちゃんの足は約25cm。テン君の足は文ちゃんの250分の1である事が分かる。さて図6の左右の足を比べてみると、テン君の爪構造は、われわれのつま先に対応し、下部のブラシ構造は、われわれの、かかと、に対応している。テン君の土踏まずは狭い。土踏まずと指先の間のボール部(適当な日本語が見つからなかったので、膨らみの英語ボールを使うことにした)は、上のブラシ構造に対応する。歩くときはブラシ構造で体重を支えていると考えられるが、これらはわれわれもボールとかかと部で体重を支えていると同じである。脚の本数は異なっても、人間の脚の構造も昆虫の脚とよく似ている事が分かった。



さて、どうしてガラスを登れるかを解明するため、テン君の足裏構造を詳しく見せてもらうことにした。まず前足の足裏から。下の6枚のSEM像は、左側の奇数図は前足のボール部を、右側の偶数図はかかと部を順次拡大して撮影した写真である。

前足ボール部 前足かかと部
図7 前足ボール部 図8 前足かかと部


前足ボール部拡大 前足かかと部拡大
図9 前足ボール部拡大 図10 前足かかと部拡大


前足ボール部強拡大 前足かかと部強拡大
図11 前足ボール部強拡大 図12 前足かかと部強拡大


前足の観察で分かったことは、ブラシの毛の先が針状のものと、先が直径10μm程度の円盤状になっているものがあることである。図11,12でその構造の差がよく分かる。この円盤がガラスにくっつける吸盤の働きをしているのではないか。ちょうどタコが足の吸盤を使って岩にくっついているように、テン君はこれらの吸盤を巧みに使って、ガラスのような平板でも登る事ができるのであろう。吸盤には分泌物はあまり認められない。吸盤の分布状態に注目すると、図7,8から、ボール部では半分が、かかと部では周りの毛以外はすべて吸盤を持っていることが分かった。吸盤以外の毛は先が尖っている。図9,10で分かるように、吸盤を持つ毛と針状の毛の分布ははっきりと分かれている。それは各々が独自の機能を持っているためであろう。針状の毛部は、我々の指のように物につかまるときに機能し、さらに触覚の働きもするのではないか。写真から吸盤の数を数えてみたところ、ボール部で217本、かかと部で460本であった。かかと部には、ボール部の約2倍強の吸盤がある事が分かった。

次に中足の裏を観察した。前足と同様に、左右にボール部とかかと部の拡大写真を示す。

中足ボール部 中足かかと部
図13 中足ボール部 図14 中足かかと部


中足ボール部拡大 中足かかと部拡大
図15 中足ボール部拡大 図16 中足かかと部拡大


中足ボール部強拡大 中足かかと部強拡大
図17 中足ボール部強拡大 図18 中足かかと部強拡大


中足裏の構造は、ほぼ前足と同じで、ボール部の半分に吸盤構造があり、かかと部は内側すべてに吸盤構造がある。

次に後足について調べた。同じように、左側にボール部の写真を、右側にかかと部の写真を並べた。

後足ボール部 後足かかと部
図19 後足ボール部 図20 後足かかと部


後足ボール部拡大 後足かかと部
図21 後足ボール部拡大 図22 後足かかと部


後足ボール部強拡大 後ろ足かかと部強拡大
図23 後足ボール部強拡大 図24 後ろ足かかと部強拡大


後足で特徴的なことは、かかと部に吸盤が無いことである。またボール部の吸盤は、中心から外れた場所の100μmくらいの領域だけにある事が分かった。これは左右の後足も同じであった。ボール部の吸盤の数を数えたら、64本で、前足や中足の3割程度しかない。



図23の吸盤の形状をよく見ると、ラッパ状になっているのが分かる。一方、図11で観察した吸盤は、盤の下がすぐ細くくびれている。図15、17では図の上部の吸盤はくびれ状、下部の吸盤はラッパ状になっている。吸盤で着地面にくっつく動作を考えると、くっつく前はラッパ状の吸盤形状で着地面に近づき、面に押し付けてくびれ状の吸盤になり、一種の真空状態で吸着するのだと想像したが、どうであろうか。足を着地平板から離すときは、吸盤の一部を曲げて真空状態の吸盤内に空気を入れればよい。吸盤に神経や筋肉があるだろうから、その動作は可能であると思う。もし足に分泌物があり、それでくっつくとすると、そこから離れるのは容易でない事が想像できる。

テントウムシがガラス壁面を容易に登れるのは、この無数の吸盤をうまく使いこなすためだと考えた。

さて、問題の吸盤が6本の足にどのように分布しているかを調べた。

6本の足裏のようす 足裏の吸盤の分布状態
図25 6本の足裏のようす 図26 足裏の吸盤の分布状態


図25はテン君の足裏を左右、前後の順に並べた写真である。上部が前足である。ももを含む脚全体の大きさは、後脚が断然大きいが、足裏を比較すると、大体同じであり、ボール部とかかと部の形状もよく似ている。吸盤の分布状態を調べるため、この写真を拡大して吸盤部だけをクリーム色で塗りつぶした。結果を図26に示す。ボール部について詳細を見ると、前足では、吸盤は後方の半分にあり、中足では前方の半分に分布し、後足では前方側の一部に分布していることが分かった。また、かかと部については、前足、中足とも内部全体を吸盤が占めている。これら吸盤の分布状態はきっと歩行に便利にできているのであろう。



テン君がワイングラスを登る動きをよく観察したが、早足で歩くので、足をどの順番で動かして歩くのかまでは観察することが難しかった。

昆虫の生態図鑑(学研)から、たいていの昆虫が歩くとき、実際に着地するのは、まず体の右側は前足と後足が着地し、左側は中足が着地し、次の動作では、反対に右側は中足が、左側は前足と後足が着地するということが分かった。そうすると、吸盤のある左右の前足か中足のどちらかが常に着地していることになる。そして、吸盤の少ない左右の後足は交互に着地する。前足と中足で交互に着地してガラスに密着し、その間に後足で交互に蹴って前に進むと考えると、実にうまく歩行の様子が説明できる。もし、犬のように四本足だったら、左右の前足は交互にしか着地できなくなるので、すべり落ちてしまうだろう。なるほど、神様はうまく創造されたものだ。

                                         −完−





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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