”小さな発見”では日ごろ、「なぜ?」とか「不思議!」と思っていることを電子顕微鏡で観察して解き明かしてみる。ここはそんなコーナーです。

■コリンスキーの絵の具の筆

私は、下手の横好きで水彩画を習っている。絵のセンスがあるわけではないのに、先生と友達との出会いがすばらしく、未だに続けている。

先日、先生が最高級の筆として、コリンスキーの筆を紹介してくださった。コリンスキーとは、シベリヤと北東中国に生息するイタチの一種で、その毛の筆は絵の具の含みがよく、弾力性があるので描きやすいということである。下手な私にとっては少しでも上手に描けたらと、買い求めた。しかし、どうしてコリンスキーの筆が良いのか疑問に思った。そこで、筆の毛を少し切り取って、早速購入したTinySEMで観察してみた。
比較する試料として、今まで使っていた筆(多分、たぬき)の毛、それに自分の毛髪を使った。用いた筆の写真を示します。まず、良く観察される側面のキューティクルを観察した。結果を下に示します。 筆の写真
▲左:コリンスキーの毛の筆
▲右:たぬきの毛の筆
キューティクル(毛表皮)は毛の中心部の何本もの長い繊維を、ちょうど包帯のように巻いて保護している鱗状の組織です。その成分はケラチンというたんぱく質でできていて、アルカリ性に弱く、石鹸などで傷める事がある。その影響を和らげるためリンスが使われる。またドライヤーなどの熱にも弱い。私の毛髪は、手入れが悪いのか、それとも老いたからか、なんとなく表面が荒れている。少し剥がれも見られる。 人の毛の表面像
▲人の毛髪の表面像
たぬきの毛は人の毛髪とよく似ていて、キューティクルの大きさも似ている。使っている筆なので、絵の具が付着しているのが分かる。 たぬきの毛の表面像
▲たぬきの毛の表面像
他方、コリンスキーの毛は、キューティクルが小さい。ピッチ幅は人やたぬきの2分の1以下である。絵の具の含みが良いということは、紙の上でなぞっても、長く一様に塗れるということであろう。キューティクルのピッチが細かいということは、表面のステップ状の凹凸が多いということである。筆は、毛の濡れと形状によって、毛細管現象で水を含むのであろう。 形状に注目すると、キューティクルのステップのピッチが細かいコリンスキーがより水の吸い上げが大きいことが予想できる。 コリンスキーの毛の表面像
▲コリンスキーの毛の表面像


次に、弾力性の差について調べたかった。そこで、毛の断面を観察することにした。高度な分析センターでは、ミクロトームや収束イオンビーム装置を用いて、きれいに切断できる方法があるが、自宅工房ではかみそりで切るしか方法が考えられない。かみそりで切断した毛の断面写真を次に示す。毛の内部の構造にヒビが入っているのは、強引な切削による損傷である。
ちょうど切れないナイフでソーセージを切ったようで、切り取った下側(右端)に損傷が多いことからも分かる。

人の毛髪の断面像 たぬきの毛の断面像 コリンスキーの毛の断面像
▲人の毛髪の断面像 ▲たぬきの毛の断面像 ▲コリンスキーの毛の断面像


切削時の損傷を考察から省くと、二種の動物の毛では中央部に空洞があるのが特徴的であることが分かった。たぬきでは、太さの2割くらいの大きさの空洞が、ちくわのように開いているのに対し、コリンスキーでは、太さの4割くらいの空洞が中央にあり、その空洞にはところどころ薄い膜があり、ちょうど竹の子を見ているようである。このように断面を観ると、人間、たぬき、コリンスキーの毛はそれぞれ、ソーセージ状、ちくわ状、竹の子状になっていることが分かった。

各々の毛の材質による弾力性の差については調べていないが、もし、同じような材質または弾力性を持っているとすると、形状による弾力性の相違が考察できる。材料は表面積が大きいほど張力が大きくなる。たとえば、同じ材料でも、短冊に切ったり、薄片化して束ねると張力が大きくなり弾力性に富む。このようなことから、内径の大きな空洞があるほど弾力性に富むことが予想できる。コリンスキーの毛では、肉厚ほどの空洞が空いていることから、弾力性に富むことが予想できる。さらに空洞内部にはところどころに、竹の節のような膜があり、それが梁のようになって、肉厚の薄い毛の強度を保っていると考えられる。

まさに、コリンスキーは竹と同じような構造で、弾力性に富む性質を作り出しているのだ。 断面形状を比較してみると、人の毛は円に近いが、たぬきの毛とコリンスキーの毛は扁平である。切断の影響も考えられるが、何本かの観察から、その傾向は確かのようである。 扁平であれば、しなりやすいことが考えられる。 以上の観察から、コリンスキーの毛は形状的に、水を含みやすく、しなり易く、しかも弾力性に富んで強い構造をしていることが分かった。





タイニー・カフェテラス支配人 文ちゃん

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